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同立交歓演奏会を終えて ~ベストな本番を目指そう~ [♫ 現場より…]

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先日の同立交歓演奏会、私の指揮した同志社交響楽団のブラームスの2番は、久しぶりに“本番がベスト”となりませんでした。 
ゲネプロでは豊かなホールの響きとだいぶ仲良くなれて、これに本番の集中力が加われば今まで積み重ねて来たものが120パーセント発揮できるだろうと思ったのですが、残念ながら本番はそうはなりませんでした。
私としては結構ショックで、この一週間毎日そのことについて考えています。 4月からの2ヶ月半の練習の進度がいつになく遅かったのも確か。特に管楽器にムラがあったのも確か。 ブラームスの語法が徹底しなかったことも大きい。 しかし一番大きな問題は、オーケストラの空気がいつもより薄かったことかもしれません。

自分たちが楽器の演奏が好きでたまらない、そのことをブラームスの力を借りてお客様に伝えたい、その使命を全うするために納得のいくまで辛い練習や楽譜を読み込む努力を行う、そのあたりの徹底ぶりが例年よりも甘かったのではないでしょうか。
とことん突き詰めないで程よいところでやめてしまう、指示待ち、これらは全国的な傾向ですが、同志社交響楽団が伝統的に持っていた【技術力<表現欲求】の不等式が逆転に向かっているのであるならば、これは由々しきことと言わざるを得ません。

一年前にプラハで満員の聴衆の方々に伝わった感動はまぎれもなく本物でした。 あの時も厳しい練習に耐え使命感を持って演奏し心身ともに果てたはずです。 海外公演と同立演奏会とモチベーションが違うなどということはありえないはずです。
本場ヨーロッパで本物の感動を聴衆と共に味わうことを知ったメンバーが、後輩にそのエッセンスを伝えてくれているはずの同響の空気、その空気自体が薄くなったのか空気を吸い込む深さが浅くなったのかはわかりませんが、身の回りに満ち溢れている伝統、財産をもっと活用し実際の演奏に活かしていかなければならないと強く思っています。

本番をベストの状態に持っていくのは、半分は指揮者の責任だと思いますが、残りの半分はやはりひとりひとりのセルフコントロールによるものでしょう。 ミスや事故は無いに越したことありませんが、それを恐れて守りにはいるより、今までの積み重ねを信じて思い切りの良い演奏をする勇気、これが最も大切なことです。
これはリスクを抱えるということとは全く異なります。 練習の発表会ではない、プラスαに満ち溢れた本番を大いに楽しむ余裕を持つこと、これも正しい音程で弾くことと同じくらい、あるいはそれ以上に身に付けるべきスキルです。 これが個人練習や合奏練習での目に見えない方の目的といえるでしょう。

つまり全てのことに当てはまるのは、何事も突き詰めて極めるまで-もう一歩二歩先まで-努力しなければ真の実力はつかない、ということです。

オーケストラをやる目的や意義は人それぞれ違って当たり前です。 そういう人が集まってオーケストラとなった時に、そこの空気の濃度やお互いのテレパシーの感度と出力がグッと上がり、普段の生活では経験できないような濃密な活動を自発的に展開できるのです。 それがオーケストラの魅力であり不思議な力でもあります。
せっかく参加するからには、その魅力を最大限に引き出すために、本人はもちろん本人の心に顔を出す「音楽の神様」も納得するような姿勢で取り組もうではありませんか。
近いうちに私が知っている本来の姿の同志社交響楽団とリベンジの機会を持てることを願っています。
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2014/06/24 オデンヤ

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